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映画の歴史

世界最古の映画が撮影された1888年から現代まで、映画の歩みを年表形式でご紹介します。日本における映画の受容と発展を中心に、世界の主要な出来事とあわせて記載しています。

誕生期 1888–1900年

1888年
世界
現存する世界最古の動画フィルム誕生

フランスの発明家ルイ・ル・プランスが、イギリス・リーズ郊外のラウンドヘイ邸にて映像を撮影。現存する最古の動画フィルム『ラウンドヘイの庭の場面』(約2秒)としてギネス世界記録に認定されている。

1891年
世界
エジソンが覗き込み式の映像装置を発明

アメリカのトーマス・エジソンが「キネトスコープ」を発明。1人ずつ映像を楽しむ覗き込み方式で、スクリーンへの投影はできなかった。

1895年
12月28日
世界
パリで世界初の有料上映、映画が誕生

フランスのリュミエール兄弟(ルイ・リュミエール、オーギュスト・リュミエール)がパリのグラン・カフェで「シネマトグラフ」による世界初の有料公開上映を実施。この日が「映画の誕生日」とされる。

1896年
11月
日本
神戸で日本初のキネトスコープが公開

神戸・神港倶楽部にてエジソンのキネトスコープが日本で初めて一般公開される。

1897年
日本
シネマトグラフ輸入、日本で初めて撮影

リュミエール社のシネマトグラフが輸入され、大阪で日本最初の興行が行われる。同年、リュミエール社の技術者が京都を訪れ歌舞伎俳優の所作などを撮影。これが日本の地で行われた最初の映画撮影とされる。当初は「活動写真」と呼ばれた。

1902年
世界
物語映画と特殊撮影技術の幕開け

フランスのジョルジュ・メリエスが『月世界旅行』を公開。多重露光・コマ撮りなど特殊撮影(特撮)の先駆けとなる作品で、ストーリーのある映画の原型となった。

無声映画時代 1899–1930年代

1899年
日本
日本初の劇映画と現存最古の邦画が誕生

柴田常吉が俳優を起用した劇映画『稲妻強盗』を撮影(日本最初の劇映画とされる)。同年、歌舞伎『紅葉狩』(9世市川団十郎・5世尾上菊五郎出演)も撮影され、現存する最古の日本映画として残っている。

1912年
日本
日活設立、日本映画産業が会社組織として確立

「日本活動写真株式会社」(日活)が設立される。日本映画産業が会社組織として本格的に確立した年とされる。

1920年
日本
松竹が映画製作に本格参入する

松竹が映画部門を設立し、映画製作に参入する。

🎙️ 日本の無声映画時代には「活動弁士」が独自の文化を形成。上映中に弁士がセリフや解説をその場で語るスタイルが広く普及し、日本独自の映画鑑賞文化となった。

トーキー・カラー映画時代 1927–1940年代

1927年
世界
無声映画時代を終わらせた一本の登場

アメリカで『ジャズ・シンガー』が公開される。歌と一部のセリフに音声が収録されており、商業的に成功した初のトーキー映画として映画史に刻まれる。

1931年
日本
日本初の完全トーキー映画が松竹から誕生

五所平之助監督『マダムと女房』が公開される。日本初の完全トーキー映画とされ、松竹が製作した。

1932年
世界
三原色カラーフィルム方式が映画を彩る

ウォルト・ディズニーのアニメーション映画『花と木』が、三原色テクニカラー方式による初のカラー映画として公開される。

1936年
日本
東宝が誕生、日本映画の三大勢力が揃う

東宝(東京宝塚劇場)が映画事業に参入する。これで日活・松竹・東宝という日本映画の大手3社が出揃った。

日本映画の黄金時代 1950年代

1950年
日本
黒澤明『羅生門』がヴェネツィアで金獅子賞

黒澤明監督『羅生門』が第12回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞・金獅子賞を受賞。日本映画が初めて世界の映画祭で最高賞を獲得した。

1952年
日本
日本映画、アカデミー賞を初めて受賞する

『羅生門』が第24回アカデミー賞で名誉賞(外国語映画部門)を受賞。溝口健二監督『西鶴一代女』もヴェネツィア国際映画祭で国際賞を受賞。

1953年
日本
カンヌとヴェネツィアを同年に同時制覇

溝口健二監督『雨月物語』がヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。衣笠貞之助監督『地獄門』がカンヌ国際映画祭でグランプリ(現パルム・ドール相当)を受賞。

1954年
日本
黒澤・溝口の両巨匠がヴェネツィアで並ぶ

溝口健二監督『山椒大夫』と黒澤明監督『七人の侍』がともにヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞。

1958年
日本
年間11億人超が映画館へ、史上最高を記録

日本の映画館への年間入場者数が11億2,745万人を記録し、史上最高となる。この年が日本映画産業の興行面でのピークとされる。

1960年
日本
年間547本、日本映画史上最多製作の年

日本映画の年間製作本数が547本に達し、史上最高を記録。松竹・東宝・大映・東映・新東宝などの大手映画会社が競い合っていた時代。

転換期とアニメの台頭 1960–1990年代

1960年代
後半〜
日本
テレビ普及が映画黄金時代の幕を下ろす

各家庭へのテレビの急速な普及にともない、映画の入場者数が減少。1972年には年間入場者数が2億人を割り込んだ。1975年には邦画のシェア(44.4%)が初めて洋画に逆転された。

1978年
日本
アニメ映画が興行の台風の目として躍進

『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』が公開。観客動員数約400万人・興行収入43億円を記録し、当時のアニメ映画史上最高となった。

1982年
世界
映画にデジタルの波が押し寄せる先駆け

スティーブン・リズバーガー監督『トロン』が公開される。劇場映画として初めてデジタル技術による映像(CG)を本格的に使用した先駆け的作品。

1993年
世界
ジュラシック・パークがCGの可能性を証明

スティーヴン・スピルバーグ監督『ジュラシック・パーク』が公開される。本格的なCG技術を用いて恐竜を映像化した作品として映画史上の転換点となった。

1995年
世界
全編3DCGアニメーション映画の時代が幕開け

ピクサー・アニメーション・スタジオが『トイ・ストーリー』を公開。長編映画として世界初の全編3DCGアニメーション映画となった。

現代 2000年代〜

2001年
日本
千と千尋が国内316億円の金字塔を打ち立てる

宮崎駿監督『千と千尋の神隠し』が公開(スタジオジブリ)。興行収入316億8,000万円を記録し、当時の日本歴代興行収入第1位となった。第52回ベルリン国際映画祭で金熊賞、第75回アカデミー賞で長編アニメ映画賞を受賞。日本のアニメーション映画として初のアカデミー賞受賞作となった。

2020年
日本
鬼滅の刃が日本歴代興行収入1位を更新

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が公開。興行収入404億円を記録し、歴代日本国内興行収入第1位となった(日本映画製作者連盟調べ)。

2024年
日本
宮崎駿、21年ぶり2度目のアカデミー賞

宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』が第96回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞。2003年の『千と千尋の神隠し』以来、日本のアニメーション映画として2作目のアカデミー賞受賞となった。